「人が好き」なのに、
なぜか人に疲れる私でした。
はじめまして。
「人が好きなのに、人に疲れる」
そんな方のための
《わたしのトリセツカウンセリング》をしている、
看護師×心理カウンセラーのあずさです。
人と話すことが好き。
新しいことも好き。
「楽しそう!」と思ったら、わりとすぐ動く。
友達と過ごす時間も好きだし、
人から頼られることも嫌いじゃない。
周りから見ればきっと、
だったと思います。
実際、私自身も長い間、
「まぁ私、結構元気なタイプだし」
くらいに思っていました。
でも、その一方で。
人と楽しく過ごした日の帰り道、
「あの言い方、大丈夫だったかな」
「私ばっかり喋ってなかった?」
「あのときの表情、ちょっと気になったな……」
と、突然始まる脳内反省会。
さっきまでめっちゃ楽しんでたよね、私。笑
なのに一度気になり始めると、
まぁ止まらない。
人が好き。
人に会いたい。
楽しいこともしたい。
でも、予定が続くと、
一旦1人時間作らないと無理かも。笑
そんな、ちょっと矛盾しているような自分が、
昔からなんとなく不思議でした。
今でこそ私は、
「今日はちょっと人と会いすぎたんだな」
「今は一人の時間が必要なんだな」
「私は本当はこれが嫌だったんだな」
と、自分のことを少しずつ理解できるようになりました。
でも、昔からそうだったわけではありません。
むしろ私はずっと、
「相手はどう思う?」
「嫌われてない?」
「期待に応えられてる?」
「私、何か変なこと言った?」
と、周りの人の“取扱説明書”ばかり読んで
生きてきたような人でした。
そんな私が、いろいろな出来事を経験して、
心理学を学び、少しずつ
を知るようになりました。
そんな私が、自分自身のトリセツを知るまでのお話をさせてください。
気づけばいつも
「頼られるお姉ちゃん」だった幼少期
私は子どもの頃から身長が高く、
同級生より少し大人っぽく見られることが多い子でした。
友達から頼られたり、
自然と誰かのお世話をしたり。
大人からも、
「しっかりしてるね」
「育てやすい子だね」
と言われることが多く、
私はそれが嬉しかったんだと思います。
でも実は、
まだまだ甘えたい子どもでした。
小さい子たちが先生に抱っこしてもらっているのを見ながら、
「私も抱っこしてほしいな」
と思っていました。
でも私は身体も大きかったし、
周りから見ればもう「お姉ちゃん」。
なかなか抱っこしてもらえない。
でも、「抱っこして」とは言えませんでした。
私はしっかりしている子。
大きい子。
頼られる側。
今思えば、この頃から少しずつ、
「ちゃんとしている私」
を選ぶようになっていたのかもしれません。
頼られる。
褒められる。
期待される。
その積み重ねで、
「ちゃんとしている私には価値がある」
という感覚が、少しずつ自分の中にできていきました。
「人生って、なんてイージーなんだ!」
と思っていた学生時代
学生時代の私は、
どちらかというと目立つことが好きでした。
委員会活動をしたり、
生徒会に入ったり、
バレー部ではキャプテンを務めたり。
頑張れば結果が出る。
頑張れば認めてもらえる。
頼られる。
褒められる。
それを繰り返すうちに、
私はどんどん自信をつけていきました。
当時の私は本気で、
と思っていたし、もう少し言うなら、
くらいに思っていました。
今思うと、まぁまぁ調子に乗っています。笑
でも、そんな私の感覚を
一気に変える出来事が起こりました。
「え、私なんかした?」から始まった
中学3年生
当時、私はいつも3人組で行動していました。
ところがある頃から、
私以外の2人が長文の手紙を交換するようになりました。
しかも、私の目の前で。
手紙を渡す。
その場で読む。
2人は静かに読み込む。
私は横にいる。
私、ここにいるけど?
鬼ごっこのように、
「タッチ!」と言いながら私から逃げていくこともありました。
遊びなのか。
嫌がらせなのか。
もうよく分からない。
でも、
「たぶん私、嫌われてるんだな」
ということだけは分かりました。
そんな中、その2人から、
「この人いいじゃん!」
「絶対付き合った方がいい!」
と、ある男の子をかなり勧められました。
そこまで言うなら……と思い、
その男の子と付き合うことになりました。
ところが、その相手は
別のクラスの友達の元彼でした。
そこからさらに状況が悪化しました。
すれ違いざまに、
他の女子グループから
「死ね」と言われたり。
近くの壁を蹴られたり。
明らかに敵意を向けられるようになりました。
まったく想像してなかったんですけどーーーー( ゚д゚)
怖すぎるし意味がわからない。
そして何より、
最初にその男の子をあれだけ勧めてきた2人は、
そんな私を見ても守ってくれませんでした。
知らない顔。
何もなかったような顔。
とさえ思いました。
本当のところは今でも分かりません。
でも、昨日まで普通に一緒にいた人が、
急に自分の味方ではなくなる。
その怖さを初めて知りました。
そこから私は、
「あの言い方が悪かった?」
「調子に乗ってたから?」
「私の何が嫌だった?」
と、自分の言動を何度も振り返るようになりました。
「相手から見た私はどうなんだろう」
という視点が、どんどん大きくなっていったんだと思います。
この経験があったからといって、
その後ずっと人間関係で悩み続けたわけではありません。
高校、看護学生と進む中で、
また友達もできたし、楽しい時間もたくさんありました。
でも一度知ってしまった、
「人って急に態度が変わることがある」
「自分では普通のつもりでも、相手からは違って見えているかもしれない」
という感覚は、どこか心の中に残っていました。
相手の表情。
声のトーン。
場の空気。
「今の言い方、大丈夫だったかな」
そんなことを気にするクセが、
私の中にできていったんだと思います。
そしてそのクセは、
社会人になって「ちゃんとできる自分」でいなければならない環境に入ったとき、
さらに強く出ることになります。
「できる私」が初めて崩れた
新人看護師時代
看護師になった私は、
同期がほとんどいない環境で新人時代をスタートしました。
学生時代までは、
頑張ればなんとかなる。
努力すれば認めてもらえる。
そう思っていました。
でも医療の現場では、
思うようにいかないことばかり。
病棟の共有ノートに、
自分への指導内容を書かれることもありました。
みんなが見る場所に、
自分のできていないことが書かれている。
病棟全体に公開されているような感覚。
いや、普通にしんどい。笑
「私ってこんなにできなかったんだ」
「もっとちゃんとしなきゃ」
初めて、
に直面しました。
それでも私は、
できないならもっと頑張ればいい。
迷惑をかけないように。
期待を裏切らないように。
そうやって、
自分の気持ちを後回しにして頑張るクセを強くしていきました。
そして今振り返ると、
「私が頑張ればいい」
「多少嫌でも我慢すればいい」
という感覚は、
そのまま結婚生活にも影響していったように思います。
「私が支えれば大丈夫」と
思い続けた結婚生活
元夫と出会った頃、
私は家族のことで心に穴が空いているような時期でもありました。
そんなときに出会った彼は、
その寂しさを埋めてくれて、
私にとって生きがいのように感じる存在でもありました。
もちろん、嫌なところばかりだったわけではありません。
尊敬していたところもありました。
だからこそ、結婚前から金銭面に不安があることを知っていても、
「結婚したら変わるかも」
「私が支えれば大丈夫」
と思っていました。
でも。
借金。
お金の問題。
またお金の問題。
さらにお金の問題。
という状態でした。
ローンを組むときも私名義。
本当は、
「もう無理」
「それは嫌」
「私はこんな生活したくない」
と言いたかった。
でも私は、なかなか本当の意味でNOを言えませんでした。
「この人にも事情がある」
「私が支えればいい」
「夫婦なんだから」
そんな言葉で、
自分の嫌だという気持ちを何度も押し込めていました。
本当は、安心したかった。
普通に暮らしたかった。
「また何か起きるかも」と、
いつも不安にならない生活がしたかった。
でも私は、
自分の気持ちを伝えることより、
相手を理解すること。
支えること。
我慢すること。
そちらを優先していました。
そのうち、
自分の心がどんどん壊れていくような気がして、
と思い、離婚を決めました。
一番大きかった感情は、悲しさというより、
という安堵でした。
「これでよかった」はずなのに
泣き崩れた離婚後
離婚して、娘と2人で暮らす家に引っ越しました。
荷物を片づけていたとき、
元夫が私と娘に宛てて書いた手紙が出てきました。
読みました。
そして、爆泣きしました。
と思うくらいに、泣きまくりました。
(翌日の顔面は大変なことに(´;ω;`)笑)
悲しい。
寂しい。
腹が立つ。
申し訳ない。
でも、
「これでよかった」と思う自分もいる。
そして、
「あぁ、本当に終わったんだ」
という寂しさもある。
感情がぐちゃぐちゃでした。
何の涙なのか、
自分でも分かりませんでした。
心がすぐに楽になるわけではない。
人の感情って、
白か黒かだけでは分けられないんだな、と。
そう痛感しました。
「私が全部やらなきゃ」で
余裕をなくしたシングルマザー生活
娘との2人暮らしが始まり、
私はどこかで、
「お父さんがいない分、
私が父親役もやらなきゃ」
と思っていました。
仕事。
家事。
子育て。
娘を守る。
全部私がやらなきゃ。
でも当時の私は、
それが当たり前だと思っていました。
余裕がなくなると、
娘が癇癪を起こしたときに怒鳴ってしまう。
そのあと寝顔を見ながら、
「なんであんな言い方したんだろう」
と自己嫌悪。
父親との面会のあと、娘が寂しそうに泣けば、
「私が我慢して結婚生活を続けた方がよかった?」
と、また自分を責める。
ある夜には、
「私に育てられるより、
施設で育ててもらった方がこの子は幸せなんじゃないか」
と、夜中に施設を検索したこともありました。
今思えば、かなり追い詰められていました。
でも、
「自分で離婚を選んだんだから」
「シングルなんだから頑張らなきゃ」
と思って、誰かに弱い自分を見せることができませんでした。
「この人、やばいかも」と
思いながら働き始めた職場
そして、私の人間関係に対する考え方を
大きく変える出来事が起こりました。
私は、友人の夫が上司をしている職場で働くことになりました。
働く前から、その人の言動を見て、
と思うことはありました。
友人に対しても、
モラハラ的に感じるような発言をする人でした。
でも、
給与がよかった。
待遇もよかった。
条件はかなり魅力的。
と働き始めました。
今思えば、
働き始めると、その上司から、
スタッフのかなり個人的な話を聞かされるようになりました。
「○○さんは離婚している」
「○○さんの娘さんには障害がある」
「妊娠したスタッフが流産して、
今まだ亡くなった赤ちゃんがお腹の中にいる」
……。
と思うような内容まで、
普通の雑談のように話していました。
私は、人の大切な情報をこんなふうに扱うことに、
だんだん強い違和感を持つようになりました。
さらに、職場内で恋愛が起きているかもしれないとなると、
位置情報を確認したり、
夜中にわざわざ家まで行って、
車があるか確認したり。
その様子を、私に電話で報告してくる。
という状態でした。
その頃には、
と思うようになっていました。
「私が言わなきゃ」が
暴走したどん底期
その職場では、
そのモラハラ上司が原因で退職するスタッフが後を絶ちませんでした。
すると、私の中の正義感が出てきました。
「誰かが言わないと」
「この人に気づかせないと」
「このままじゃまた人が辞める」
今なら、
と思います。
でもそのときは本気で、
「正しいことを伝えれば分かってくれる」
と思っていました。
そして私は、感じていたことを全部伝えました。
そこから、関係はさらに悪化しました。
友人との連絡まで監視される。
LINEをブロックするように言われる。
仕事用iPhoneの位置情報を、
勤務時間外にも確認される。
しかも探されると、
大きなアラート音が鳴る。
という状態です。
さらに、さばききれないような訪問件数を入れられたり。
経費申請をしても、
「申請されていません」と何度も言われたり。
退職する日まで、
「どこまでやるんだろう」と思うことが続きました。
今なら少し笑って話せます。
でも当時は、
「今日は何をされるんだろう」
と、ずっと緊張していました。
私はずっと、
「相手がおかしい」
「相手が変わればいい」
と思っていました。
そして、
「分からせなきゃ」
「正しいことを伝えなきゃ」
と必死でした。
でも、
何を言っても変わらない。
どれだけ説明しても、
相手の考え方までは変えられない。
ということを知りました。
そして同時に、もう一つ気づきました。
確かに、相手の言動には問題を感じていました。
でも、
そこまで自分から戦いに行く必要があったんだろうか。
嫌なら離れる。
距離を取る。
関わらない。
そんな選択もできたはずでした。
私は「正しいことを伝えること」にこだわって、
自分から問題の中に入っていっていた部分もありました。
そのことに気づいたとき、
と思いました。
これは「私が悪かった」という意味ではありません。
私は私の心を守るために、
別の選択もできた。
ということでした。
「相手を変える」から
「自分を知る」に変わった転機
この経験をきっかけに、
私は心理学を本格的に学ぶようになりました。
そこで、自分自身について
たくさんのことに気づきました。
私は、白か黒か。
正しいか間違いか。
かなりはっきりさせたくなるタイプでした。
そして、自分が頑張っている分、
相手にも、
ちゃんとしてほしい。
分かってほしい。
向き合ってほしい。
そんな期待をたくさん持っていました。
でも、人は変えられない。
だからといって、
私が変わればいいんだ
ということでもありません。
必要だったのは、
でした。
分かってもらえない人に、
何度も分かってもらおうとしなくていい。
嫌なことには、NOと言っていい。
相手がどう思うかより、
と考えていい。
そして怒りの奥には、
悲しい。
寂しい。
大切にしてほしい。
分かってほしい。
そんな本音が隠れていることも知りました。
私はずっと、相手の気持ちは一生懸命考えるのに、
自分の気持ちは全然聞いていませんでした。
そこで初めて、
「私は今、何を感じてる?」
「本当はどうしてほしかった?」
「私はどうしたい?」
と、自分に聞くようになりました。
「気にしない人」になろうと
しなくなった今
心理学を学んだからといって、
私は人のことをまったく気にしない人になったわけではありません。
今でも、
人が好きです。
人と会うのも好き。
楽しいことも好き。
新しいことも好き。
行動することも好き。
そして、人に会ったあとに疲れることもあります。
予定が続けば、
一旦1人時間作らないと無理かも。笑
となることもあります。
でも、以前とは違います。
昔の私は、
「また気にしてる」
「もっと強くならなきゃ」
と自分を責めていました。
今は、
「今日はちょっと頑張りすぎたんだな」
「今は一人になる時間が必要なんだな」
「私はあの言葉が嫌だったんだな」
と、自分を理解できるようになりました。
私はずっと、周りの人の取扱説明書ばかり読んでいました。
自分自身の取扱説明書でした。
自分のことを一番理解してくれる人を、
自分にする
私は看護師として15年間、
たくさんの方の身体と心、そして人生に関わってきました。
特に訪問看護では、
家族にも言えないこと。
友人にも言えないこと。
誰にも見せていない気持ち。
そんな話を聞くこともたくさんありました。
本当に多い。
病院に行くほどではない。
診断がついているわけでもない。
仕事もできる。
家事もできる。
子育てもしている。
人と会えば笑える。
だから「私は大丈夫」と思ってしまう。
でも、
夜になると考えが止まらない。
人に会ったあと、どっと疲れる。
本音が分からなくなる。
「こんなことで相談していいのかな」
と思ってしまう。
私は、そんな人がもっと気軽に、
と言える場所をつくりたいと思っています。
《わたしのトリセツカウンセリング》
私のカウンセリングは、
あなたを
に変えるためのものではありません。
相手の小さな変化に気づけること。
人の気持ちを考えられること。
好奇心があること。
行動力があること。
人と関わることが好きなこと。
それは全部、
あなたの大切な一部です。
ただ、その優しさや繊細さによって、
あなた自身が苦しくなっているのなら。
一度、自分のことを知ってみませんか。
私は、何をすると疲れやすい?
どんな人の前で頑張りすぎる?
どんな言葉に傷つきやすい?
なぜ私はNOと言えない?
本当は何が嫌だった?
本当はどうしたい?
そんな一つひとつを知ることは、
を作っていくことだと思っています。
人が好きなのに、人に疲れる。
新しいことをしたいのに、
刺激が続くと休みたくなる。
一見矛盾しているように見えるけれど、
どちらかが間違っているわけじゃない。
どちらも自分。
だから、
人が好きなあなたは、
人を嫌いになる必要はありません。
行動力があるあなたは、
無理におとなしくなる必要もありません。
気を遣えるあなたは、
その優しさを捨てなくていい。
ただ、
疲れたときは休んでいい。
嫌なことにはNOと言っていい。
全員に分かってもらおうとしなくていい。
誰かに嫌われないための選択ではなく、
と思える選択をしていい。
人が好き。
でも、人に疲れる。
そんなあなたが、
繊細な自分も。
好奇心旺盛な自分も。
頑張れる自分も。
頑張れない自分も。
全部ひっくるめて、
と思えるように。
疲れた日は、ゆっくり休んで。
元気になったら、
「よし、次は何しよう!」
と、また動き出せる。
そんなふうに、
自分にやさしくしながら、
あなたらしく人生を楽しめる未来へ。
あなたの
《わたしのトリセツ》
を、一緒に見つけていけたら嬉しいです。
あずさ